私は天使なんかじゃない







絡み合う糸





  絡み合う糸。
  根気よく解くべきなのか、問答無用で切り裂くべきか。




  
  モントゴメリー郊外の浄水地の一件から2日が経った。
  俺たちは陸路北上してきた守備部隊に後を任せてメガトンに帰還した。
  送水は成功。
  BOSの水責任者Dr.爺ちゃんはスクライブ・ピグスリーとかいう神経質そうな学者を派遣したきた。水質の調査の為だ。問題なし、という太鼓判を貰った。
  これで一安心だ。
  メガトンの浄水施設に関してはBOSから派遣されてきたビグスリーが主導で修理している。
  市長のルーカス・シムズもBOSの全面的支援を快く受け入れ、何とか復興の目処が立ってきた。回復するまではモントゴメリー郊外の貯水池から送水すれば間に合うしな。
  もっとも爆破犯人は不明。
  警備の強化を市長は宣言、巡察している人数はいつもより多い。
  こうしてこの一件は幕を下りた。
  ……。
  ……はずだった。



  「やれやれ。午後の部を頑張ってくるとするか」
  メガトン。
  ゴブ&ノヴァの店。時刻は昼過ぎ。スタッフはいつもの通り。俺の、武装もな。
  ただED-Eは俺たちの部屋で待機だ。
  理由?
  飛び回ってたらさすがに邪魔だろ。
  食事を終えた赤いローブの男、BOSから派遣されてきたスクライブ・ピグスリーは神経質そうに肩を叩きながら立ち上がった。
  連日連夜、復旧に尽力しているらしい。
  神経質だが仕事熱心な人物。
  「ご苦労様だぜ」
  俺はそう労う。
  食事代と宿泊代ぐらいはこちらでみようという市長の提案で、ピグスリーは食費はタダだ。もちろん当然の権利だし、むしろ報酬も払うべきぐらいだとは思う。何しろBOSはあくまで善意で
  派遣してきてくれてる。感謝感謝だぜ。
  「Dr爺ちゃん、じゃなかった、Dr.ピンカートンは元気かい?」
  「博士は新しいプロジェクトを任されて大忙しだよ。ボルト112の調査だ」
  「ボルト112?」
  「ミスティ、だっけっか? ともかく、赤毛の冒険者が前に見つけたボルトだ。しばらく前に我々が抑えるべく部隊を派遣したんだ。まあ、妙な、レイダーとかいう無法者?がいたんだが蹴散らして
  今はこちらが確保している。居住性はよくはないんだが一通りの通常設備はある。浄水システムとか空調とか。電力もある。だが我々が欲しいのはそれではない」
  「何が欲しいんだい?」
  「シュミレーターだよ」
  「シュミレーター?」
  「そのシステムに入れば仮想現実に入れるんだ。戦闘訓練には最適だ。だからDr.ピンカートンが主導となって調査に行っている」
  「へー」
  「気難しいがあの人はいい人だ。部下になれて光栄と思ってる」
  なかなか慕われているらしい。
  実際いい爺ちゃんだしな。
  「じゃあな」
  「頑張って来てくれ」
  ピグスリーは立ち去る。
  カウンターでは可愛いお客さんがいた。テイクアウト待ちの女の子だ。
  マギーだ。
  ビリー・クリールの養女。
  「はいよ。お待ちどうさま」
  「ありがとう」
  にっこりと笑ってマギーはゴブが差し出したテイクアウト用の食事を受け取った。
  この間ゴブが試作で作ったハンバーガーだ。
  もちろんあの時の試作が今もそのままであるわけじゃあない。正式にメニューになったってわけだ。なかなか好評だ。
  パンに挟まったバラモンステーキにはゴブ特製のスペシャルソースが塗ってある。
  こいつがめちゃくちゃうまい。
  グルメだよな、ゴブ。
  俺はその様を、酒場の壁にもたれ掛って見ていた。
  用心棒の仕事中だ。
  最近ビリーは家に閉じ籠っているらしく外に出ないらしい。金は困ることないだけは持っているらしく、もっぱらマギーが飯を買いに来ている。
  今だって昼飯買いに来てるし。
  何やってたんだ、ビリー。
  病気か?
  ヒッキーか?
  よく分からん。
  マギーは俺に微笑して、俺も軽く手を上げてこたえた。マギーはキャップを払い帰って行った。
  「兄貴。僕、裏に行ってビール取ってきます」
  「おう。気を付けてな。重いからよ」
  「はい」
  トロイは裏に向かった。
  今日の昼の客はあまりいない。
  カウンターにはネイサン、ただ爺さんズではない、一人足りない。贖罪神父は今日もいない。爆破事件から来てないらしい。らしい、というのは、この間まで水確保で俺はいなかったからだ。
  テーブル席には3人。
  こいつらは見たことない奴ら。たぶん旅人だろう。ぼろぼろの衣服を着ている。バラモンステーキをフォークとナイフでがっついている。
  客はこれだけ。
  久々に不景気のようだ。
  カラン。
  ステーキを食ってた1人がフォークを床に落とす。
  シルバーがゴブから新しいフォークを受け取ってそれを客のテーブルに持っていく。ノヴァ姉さんはネイサンと他愛もない話をしていた。
  話の内容が耳に飛び込む。

  「最近クロムウェルと会えないんだ。ここには来たかね?」
  「ご無沙汰ね」
  「夜にでも訪ねてみようか。病気かもしれない」
  「それがいいかもね」

  ふぅん。
  完全に音信不通ってわけか。爆破の前に弟子が遊びに来るとか言っていたような。街の外に出てるのかもな、昔馴染みと一緒に。
  シルバーが客にフォークを差し出した。
  「どうぞ」
  「すまんな」
  受け取る。
  その瞬間、シルバーの腕を掴み、喉元にフォークを突きつけた。残りの2人も動く……けど、遅いっ!
  最初に動いた瞬間に俺は動いていた。
  フォークを蹴り上げる。
  宙に舞う。
  俺の反撃に動揺した、シルバーを掴んでいた奴は俺のパンチでひっくり返った。
  よえぇな。
  軟弱だ。
  見た感じは強そうなんだが動きに無駄が多い。
  実戦がないのか?
  雑魚だな。
  「動くな」
  9oを2丁、残りの連中に向ける。
  皆殺しするには十分すぎるほどの火力だぜ。
  「強盗なら用心棒がいないとこでやりな。……いや訂正だ、どこだろうとそんなアホなことするんじゃねぇよ」
  「強盗じゃないっ!」
  「あん?」
  「お前を殺さないことにはアランさんのとこに戻れないし、ボルトの扉もパスワードが変わってて帰れない、つまりはお前の……っ!」
  「金払って帰れ」
  「……」
  睨むものの分が悪いと察したのか、テーブルに金置いて、倒れている奴を引き摺って出て行った。
  ちっ。
  ボルト至上主義者どもだったのかよ。
  多分この間釈放された3人だろう。
  前回の顛末を俺はよく知らない。PIPBOYは取り上げられたのか、売ったのかは知らないが持ってなかった。
  死ぬ確率が高い。
  まあ、知ったこっちゃないけどよ。
  「ゴブ、悪いな、俺の古巣の連中だ」
  「構わんよ。お前さんは何も悪くないほけだし」
  「そっか。サンキュな。シルバー、大丈夫か?」
  「あー、びっくりした」
  懐深いぜ、ゴブは。
  あまりにもあっという間の、呆気ない顛末だったのでネイサンとノヴァ姉さんはあまりリアクションしていない。相変わらず話している。よくある光景ってやつだな、ああいう手合いの対処法。
  ただ、シルバーは口調とは裏腹に腰を抜かしていた。
  無理もない。
  手を差し出そうとすると……。

  「やれやれ。狩りのバイトっていうのもなかなか疲れるな。ヤオ・グアイとかいう化け物もタフで困る。ありゃ何だ? 化け物か? ボス、ただいま」

  ベンジーが帰ってくる。
  俺様の手下の1人だぜ。
  前回は傭兵のようなこともしていたが毎日傭兵の仕事があるというわけではなく暇があれば市長から回される仕事をこなしている。
  今日は街の食料事情から来る、食料調達の仕事だ。
  口ではああ言うものの顔は笑ってた。
  獲物は上々らしい。
  「お帰りなさい、軍曹さん」
  「ただいま、と言いたいところだが、何だって床に座っているんだ?」
  「強盗がさっき……」
  「ああ、それでか。場所を移そう。ちょっとシルバーを休ませてもいいか?」
  ゴブに聞く。
  頷いたのを見るとベンジーはシルバーに肩を貸して奥に消えた。どうやらシルバーはベンジーに気があるらしい。
  入れ違いに二階から客が降りてくる。
  泊り客。
  「おはよう」
  「おはようって時間じゃないぜ、Mr.クロウリー」
  グールの泊り客だ。
  何でもケリィにパワーアーマーを貸したのだがいつまでたっても返却しに来ないのでメガトンに来た、らしい。問題はケリィがボルト絡みの問題の調査の為にメガトンから出て行っちまった
  からな、会えず終いってわけだ。
  難儀なことだ。
  だけどケリィ、パワーアーマーをメガトンに持ち込んでたか?
  なかったよな。
  「ケリィのおっさんはまだ戻ってないぜ」
  「あの野郎、マジで逃げやがったか」
  「逃げる?」
  「いやいや、こっちのことだ。あのパワーアーマーはレアものでね、返してほしいんだ」
  「それなんだがよ、あいつ持ってなかったぜ。なあ?」
  カウンターの向こうにいるゴブに話を振る。
  「確かに持ってなかったな、そんな大きな物。出て行くときも持ってなかった」
  「だよな。Mr.クロウリー、もしかして別の場所に置いてあるんじゃねぇか? 何の為かは知らんけどよ」
  Mr.クロウリーはしばらく黙る。
  「ブッチ」
  「なんだい?」
  「ケリィはどこかに行くとか言ってなかったかね? どこでもいい、何かの拍子に話に出て来た場所を教えてほしい」
  「あー、デブの国に恋人がいるとか何とか」
  「デブの国? 何だそりゃ」
  「さあ? ケリィのおっさんの理想郷なんじゃないのか?」

  「いやがったぜっ!」

  「ん?」
  鋭い声がしたので入口を見る。
  見た感じの顔。
  誰だっけ?
  「あー、えー、うー、誰だっけ、お前ら?」
  「スプリング・ジャックだっ!」
  「おー」
  スパークル婆ちゃんのとこにいた連中か。
  バイクのヘルメットを被った手下5人を連れている。
  そういえば文句があるならメガトンに来いとか言ったな、俺。
  やれやれ。
  面倒だぜ。
  「やり合うなら外に出ようぜ」
  「……」
  「どうした? 行こうぜ」
  「ブッチの、兄貴」
  「はあ?」
  「その、今日から俺たちを兄貴の子分にしてくれよ。俺たちも、その、ワルってやつになりたいんだよ」
  「はあ?」
  兄貴ってこいつの方がはるかに年上そうだが。
  「ワルってレイダーとは違うんだろ?」
  「全く違う」
  「具体的にどうしたらワルなんだ? その、兄貴って妙に堂々としてるし……俺たちもそうなりたいかなって思ってよ」
  見た目に反して健気な奴だ。
  完全に悪役なのに(偏見)
  「ワルってのはな、誇りなんだ」
  「誇り?」
  「レイダーは悪だ。あいつらに誇りなんてねぇ。今が良ければ良いだけの刹那的な破滅主義者どもだ。だけどワルは違う、ワルは流されないんだ、ワルは、ワルのままなんだ」
  「流されない……」
  「自分の誇りの為に戦うんだよ、ワルは。そいつが俺のギャングの心得だ」
  「孤高の存在ってことか?」
  「まあ、そうだ」
  「例えばだ、兄貴、エンクレイブとキャピタルが戦っても、兄貴は戦わないってことか?」
  「違う。だから言ったろ、流されないって。流されないだけだ、戦わないとは言ってない。俺は俺の護るべきものの為に、戦う、それだけさ」
  「……そんな格好良い生き方出来るなら、俺たちも兄貴の子分にしてくれよっ!」
  『兄貴っ!』
  盛り上がるジャックたち。
  健気だな、こいつら。
  Mr.クロウリーがにやにやしながら楽しそうにこちらを見ていた。まあ、見様によってはグリフォン並みの臭い芝居だわな。

  「ブッチ、いるか」

  「ん?」
  今度はアッシュが来店。
  忙しいな。
  俺を見ると手振りで呼んでくる。
  「何だよ?」
  その場から動かずに俺は言った。
  アッシュは嫌いじゃないが命令されるのは好きじゃない。
  「ちょっと来てくれないか」
  「どこに?」
  「ルーカス・シムズの家だ」
  「市長の?」
  「リベットシティからDr.マジソン・リーが来てる。お前に謝りたいんだとよ」
  「はあ?」
  意味が分からないが心当たりはある。
  リベットシティのセキュリティ部隊に襲われた。何だか知らんがジェリコ曰く、俺がDr.リーの研究品を横流ししたとかガルザを殺しただとか。
  謝る、ね。
  勘違いで襲われた挙句に死んでたらどうするんだよ、まったく。
  こいつは行くしかないか。
  「ゴブ、俺ちょっと抜けるわ。悪いな」
  「いいさ。気にするな」
  「スプリング・ジャック、奢ってやるから飲んどけよ。また戻ったら話そうぜ、ワルの話をよ。ゴブ、給金から引いといてくれ」





  その頃。
  ウルトラスーパーマーケット。
  かつては虐殺将軍エリニース率いるレイダー軍団の根城。しかしミスティによって掃討された後、この場所は紆余曲折を経てメガトンが管理することになった。
  現在は交易のキャラバンや旅人が足を止めて休息する場所となっている。
  ここを救済の場所としたいというミスティの要望に応えて食料も飲料も他の街に比べて格段に安い。もちろんただの自己満足には終わらない、ここが補給の補給の中継地点となって活気
  付けば交易も盛んとなり自然と他の街も富む。そういう意味でミスティの思いは、当たった、と言ってもいい。
  施設内には一通りの設備がある。
  武器屋、食料品店、衣料店、各種取引の場、そして酒場。
  酒場には西海岸から来た人々がいた。
  恰好が異様過ぎて誰もその連中がいるところには近づけないでいる。
  傭兵集団ストレンジャー。
  ボマーと呼ばれる団長が率いる、異能の傭兵集団。
  本隊はまだ到着しておらずここにいるのは先遣隊、そしてキャピタルに留まっていた支隊。数は全部で15名。
  先遣隊を率いているマチェットは酒を煽りなから誰に言うでもなく言った。
  「ドリフターはどうした? ミンチもいねぇな」
  「連絡はしたんですけどね」
  キャピタル組のハイウェイマンはそう答えた。
  ドサ。
  その時、1人の女が勝手に相席した。
  マントで体を覆っている、銀髪の女。勝手に置かれているグラスを掴み、満たされていたビールを飲み干した。
  「何だてめぇ?」
  「仲介者だよ」
  ストレンジャーの1人が凄むものの女は受け流した。
  マチェットが色めきだつ仲間たちを手で制した。
  「良い度胸してるな、あんた。何者だ?」
  「クローバー」
  「パラダイスフォールズの女か」
  ローチキングが呟いてクローバーの顔を凝視した。
  クローバーはユーロジー・ジョーンズの女として有名だった。
  「パラダイスフォールズ? ああ、奴隷商人か。確か……壊滅したんだったよな、ハイウェイマン」
  「ああ」
  「組織の仇討の依頼かい?」
  「言ったろ、仲介者だとさ。あんたらは物騒だ、仲介者は実力者じゃなきゃね、依頼人が消されちまう。それで雇われた……まあ、立候補したとも言う。あいつらが依頼人だよ」
  指差す。
  その先にいたのはアラン・マックとワリー、そしてセキュリティ部隊。
  手には全員PIPBOY。
  「あいつらボルトの連中か」
  「そうだよ」
  「傭兵は依頼があれば受けるものだ。いいぜ、今は暇だからな、ビリー潰しも依頼に絡めてやりたいしな。うちらは私闘は許されてない、依頼に適当に絡めれば私闘じゃないからな」
  そう言うと一同笑った。
  ストレンジャーは依頼以外の戦闘を禁じている。つまり私闘はNG。しかし団員たちは私怨を全て依頼に絡ませることで、合法的に私闘を行っていた。
  もちろん団長のボマーはそれを知っている。
  全ては遊びなのだ。
  「仲間内で盛り上がるのは良いけどね、こちらの条件を言いたい」
  「ああ、何だ?」
  「ミスティとブッチの死、それが依頼内容だよ」
  「ミスティって奴は知ってる。西海岸にも話が伝わって来てるからな。だがブッチって誰だ?」
  「ボルトの餓鬼だよ」
  「ふむ」
  「まあ、当面ミスティはいないけどね、あいつはルックアウトにいる。とりあえず、まずはブッチ・デロリアの抹殺なんだとさ」
  「ルックアウトか。ブリーダーに連絡すれば……いや、まあ、いいか。ミスティって赤毛の冒険者ってやつだろ? なかなか楽しい殺しが出来そうだな」
  「サービス品もあるよ」
  「サービス品?」
  「ブッチはビリー・クリールと良くつるんでるらしいよ。ジェリコはそう言ってた。ビリーは裏切り者なんだろ? さっき話が聞こえたよ、どう殺してやろうかってね」
  「受けよう、ストレンジャーの名の元に」



  同刻。
  メガトン。ビリー・クリールの家……の屋根の上。
  小柄な男性が屋根の上に座っていた。
  ザントマン。
  ストレンジャーの1人で暗殺を得意としていた。
  男は笑う。
  「弱虫ビリー、みーつけた☆」